AnyBody通信 Vol.5 筋肉の働き「働かない力こぶ」

AnyBody通信  Vol.5 筋肉の働き「働かない力こぶ」

AnyBody通信 Vol.5 筋肉の働き「働かない力こぶ」

人間の筋肉は一種のアクチュエータ(動作変換装置)です。筋肉では、引っ張る力だけが発揮され、油圧機械のように押す力は発揮できません。
 私たちの体は、この「引っ張りアクチュエータ」によってあらゆる身体運動が行われます。「引っ張る力」による運動ですから、たいがいは関節が曲がる側の筋作用によるものという直感があてはまりますが、ときおり、この直感に従わない結果が筋骨格解析で観察されます。それは、条件によっては、頑張っているようで頑張らない「上腕二頭筋」のメカニズムです。

「力こぶ」と呼ばれる上腕二頭筋のはたらき

 腕を曲げると、もこっと盛り上がる「力こぶ」は上腕二頭筋と呼ばれる筋肉です。大きな力こぶは、筋肉の力強さの代名詞になっています。

 経験からもわかるように、上腕二頭筋は腕を曲げる動作(肘関節屈曲動作)に作用する筋肉として知られています。肘関節屈曲動作には、上腕二頭筋のほかに、貢献度順に ②上腕筋、③腕橈骨筋、④長橈側手根伸筋、⑤円回内筋、⑥長橈側手根屈筋、⑦短橈側手根伸筋 といった多くの筋の活動が関与しています。

 図1に、肘関節屈曲動作に対して貢献度が高いトップ3の筋肉、 ①上腕二頭筋、②上腕筋、③腕橈骨筋 を示します。

肘屈曲動作に大きく貢献する上腕二頭筋

 さて、肘の屈曲動作に貢献する筋が分かったところで、AnyBody人体モデルで右手に5kgのダンベルを持たせて肘の屈曲動作を解析します。図2にこの動作のアニメーションと、上腕二頭筋()、上腕筋()、腕橈骨筋() の筋活動を示します。モデリングの関係上、それぞれの筋は2本でモデル化されています。横軸はスタートからの時間経過(秒)、縦軸は筋活動(割合)です。大きい値ほど、その筋肉が活動していることを示します。肘屈曲動作のために、上腕二頭筋、上腕筋、腕橈骨筋は有意な活動となっています。その中でも上腕二頭筋は、ほかの2つに比べ、終始、高い筋活動値を示しています。

なぜか頑張らない上腕二頭筋

 今度は、同じダンベル5kgの肘屈曲動作を、ダンベルの構造を変更し、取っ手を伸ばして持ち手の10㎝ほど外側に重心を移動させた状態で行ってみます。この場合の動作アニメーションと、上腕二頭筋()、上腕筋()、腕橈骨筋() の筋活動の解析結果を図3に示します。

 不思議なことに、図2のケースに比べて上腕二頭筋()の活動が減り、腕橈骨筋(緑)の活動が増大しています。上腕二頭筋は、はじめは頑張って活動しているものの、0.5秒以降は活動が低下し、1.5秒付近で活動が見られなくなります。この間もダンベル持ち上げ動作は続いているにもかかわらず、です。肘屈曲動作の第一主動作筋であるはずの上腕二頭筋が、あまり働かないとはどういうことでしょうか?

上腕二頭筋のメカニズム 

 実は、上腕二頭筋は (A)肘屈曲動作のほかにも (B)肩関節屈曲動作(上腕を上げる)と、(C )肘回外動作(前腕を外に回す)も同時に担っていて、1つの収縮で3つの動作を生み出しています(図4)。

 (C)の肘回外動作とは、右手の場合、ドライバーを握ってねじを締める方向(「の」の字を書く方向)の回転動作です。肘を90度に曲げた「前ならえ」の姿勢で肘の回外動作をしてみると上腕二頭筋が収縮して力こぶが盛り上がるのがわかります。

 上腕二頭筋は、肩甲骨から始まり、肩関節と肘関節の2つの関節をまたいで前腕につながる、いわゆる二関節筋です。一方で、上腕筋、腕橈骨筋は肘関節1つをまたぐ単関節筋で、主たる貢献が肘屈曲動作です(腕橈骨筋は肘回内動作にも貢献しています)。

 今回、上腕二頭筋の活動が下がったメカニズムは以下のとおり説明することができます。

 ダンベルの重心が、右手首の10cm外側にあります。この位置を保つには、保持のほかに、 (C)の回外動作とは逆の筋活動、つまり「回内」のトルク(ねじを開ける方向に回す力)が必要になります(図5)。そうでないと手首はダンベルの重さで外側に持っていかます。つまり、上腕二頭筋は、ダンベルの持ち上げ(A)に貢献したいけれど、回外動作(C)への貢献は不要なのです(むしろ、回外動作を打ち消す回内筋の活動が必要)。

 結果的に、AnyBodyの筋分配アルゴリズムは、上腕二頭筋に屈曲の働きを担わせるのをあきらめて活動を低下させ、代わりに上腕筋、腕橈骨筋の活動を上げて全体の疲労を最小化する戦略を採った、と解釈できます。

 実は、実際の人体もこれと同じ戦略を採っていることが次の文献にこう記述されています:「上腕二頭筋は、前腕を回内位に保持して屈曲するときその筋電位活動は相対的に低くなる…」 (筋骨格のキネシオロジー, Donald A.Neumann 医歯薬出版 2005)

 人体には上腕二頭筋以外にも、さまざまな二関節筋、多関節筋(2つ以上の関節をまたぐ筋)が存在します。また、上腕二頭筋のように1つの筋収縮が複数の関節動作に貢献するものも数多く存在します。そして、多くの筋肉では1つの動作を単独で担うことはなく、いくつかの筋が主役 - 主動作筋、脇役 - 協働筋となって働きます(筋の冗長性)。このような筋の在り方が、わたしたちの身体動作に複雑さを生み出し、所作や作法などの立ち居振る舞いに美しさを求める日本人の価値観につながっているように思います。

 AnyBodyは一本一本の筋をみることはできますが、それらの複雑な関連性を把握するには工夫が必要です。そこで「AnyBody通信 Vol.2 ヒトの身体活動と筋シナジー」で述べた筋シナジー解析が有効なツールになると期待されます。筋シナジー解析については、また後日詳しく述べましょう。