大規模言語モデル(LLM)の精度向上に伴い、既存業務にLLMを組み込み、効率化を図る動きが加速しています。CAE分野においても、LLMを活用した解析業務の効率化が求められるようになっています。今回は、Altair AI Studio(RapidMiner)とLLMを連携し、Ansys LS-DYNAの解析結果の妥当性を評価する事例をご紹介します。
以下は、車両バンパーがポールに衝突した際の変形挙動を評価した事例です。LS-DYNAでは、解析結果の妥当性を「系全体のエネルギー収支」の観点から評価する方法があります。右側に、エネルギー収支の時刻歴データ(glstat)を示しています。今回のケースでは、バンパーに初速度を与えているため、解析初期には運動エネルギー(青線:kinetic energy)が高い値を持っていますが、ポール(剛体)との衝突により減少し、その代わりにバンパーのひずみエネルギー(赤線:internal energy)が増加しています。また、非物理的な要素を含む接触エネルギー(桃線:sliding energy)やアワグラスエネルギー(緑線:hourglass energy)も、わずかながら発生しています。エネルギー収支が妥当な場合、全エネルギー(橙色:total energy)はほぼ一定となります。
LS-DYNA バンパー衝突解析
今回の検証では、Altair AI Studioと大規模言語モデル(LLM)を組み合わせ、エネルギー収支の妥当性評価を自動化しました。下図のとおり、AI Studioでは各種ブロックを組み合わせてプロセスを構築するため、コーディング知識がなくても簡単にプロセス設計が可能です。
おおまかな流れは次のとおりです。
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左端の①「Loop Files」ブロックでglstatファイルを読み込み、各種演算処理(後述)を実行
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右端の②「Send Prompt」ブロックで、LLMへ送信するプロンプト(指示文)を作成
今回使用したLLMは、OpenAI社のgpt-4oです。
Altair AI Studio プロセス全体
次に、①「Loop Files」の中身をご紹介します。ここではglstatファイルを読み込んだ後、エネルギー収支評価に必要な各種量を算出しています。
算出した指標は以下の通りです。
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エネルギー誤差率(%):{(運動エネルギー + 内部エネルギー) / 全エネルギー – 1} × 100
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接触エネルギー率(%):接触エネルギー / 全エネルギー × 100
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アワグラスエネルギー率(%):アワグラスエネルギー / 全エネルギー × 100
Altair AI Studio 各種評価量の処理
続いて、②「Send Prompt」でLLMに送るプロンプトの設定について説明します。今回は、AI Studioで演算した結果を二重カッコ[[ ]]で参照し、次のようなプロンプト文を作成しました。
※なお、今回の評価項目および判定基準は検証用であり、厳密な根拠は設けていません。
あなたは衝突解析のエネルギー収支を評価する専門家です。 以下の数値から、妥当性を100字以内で端的にまとめてください。 - 最大エネルギー誤差率: [[最大エネルギー誤差率(%)]]% - 最大アワグラスエネルギー率: [[最大アワグラスエネルギー率(%)]]% - 最大接触エネルギー率: [[最大接触エネルギー率(%)]]% - 最小接触エネルギー率: [[最小接触エネルギー率(%)]]% 判定基準: - 最大エネルギー誤差率が5%以内 - 最大アワグラスエネルギー率は5%以内 - 最大接触エネルギー率は5%以内 - 接触エネルギーがマイナスでない
この設定に基づき、4ケース分の評価結果(下表のAnswer)を取得しました。ポールとバンパー間の接触パラメータ(ペナルティ係数)を変更した各ケースについて、LLMの回答が適切に基準に沿って評価されていることが確認できました。
※エネルギー収支のみを評価対象としている点にご注意ください。
各ケースのエネルギー収支
4ケース程度であれば、手作業でも確認可能ですが、数十ケースに及ぶ場合には手作業は大きな負担となります。以下に、13ケース分のglstatファイルをまとめて評価し、妥当性が高い順に並べるよう指示した結果です。
以下は各ケースのエネルギーに関するランキングです。妥当性が高い順に並べています。 1. id_8: すべてのエネルギー率が5%以内で、最大アワグラスエネルギー率は0%です。非常に安定性の高い結果です。 2. id_7: すべてのエネルギー率が5%以内で、アワグラスエネルギーは0.0115%と非常に低いです。 3. id_6: すべてのエネルギー率が5%以内でエネルギー誤差も低く、アワグラスエネルギーも0.2074%と低いです。 4. id_13: id_6と同じ数値で、同様に安定した結果です。 5. id_1: すべてのエネルギー率が5%以内であり、接触エネルギーとアワグラスエネルギーが並んで低いです。 6. id_11: エネルギー率が5%以内で、アワグラスエネルギーも比較的低いです。 7. id_10: エネルギー誤差やアワグラスエネルギーが許容範囲内で、接触エネルギーが高めです。 8. id_2: すべてのエネルギー率が5%以内であるが、接触エネルギーがやや高めです。 9. id_12: 接触エネルギーとアワグラスエネルギーが許容される範囲内ですが、接触エネルギーが少しマイナスです。 10. id_4: 最大エネルギー誤差率が5%以内ですが、最小接触エネルギーがマイナスである点が気になるところです。 11. id_3: アワグラスエネルギーが許容範囲内ですが、最大接触エネルギーとエネルギー誤差がやや高めです。 12. id_5: 最小接触エネルギーが大きなマイナスであり、エネルギー誤差も大きいです。 13. id_9: 最小接触エネルギーの値が非常に大きなマイナスで、エネルギー誤差が大幅に超過しています。 各ケースの評価は、エネルギーの安定性と適正な範囲への収まり具合を重視しました。
Altair AI Studioはデータ処理に特化したソフトウェアですが、LLMと組み合わせることで、より柔軟かつ高度な分析が可能となります。今回は複数ケースのエネルギー収支評価を例に挙げましたが、単一ケースでも複数箇所の要素応力値や荷重値をまとめて評価する場面において、大幅な効率化が期待できます。