近年、製品開発におけるCAE解析の重要性が高まっており、その信頼性向上が求められています。しかし、入力ファイルと条件書のわずかな不整合が、解析結果の信頼性低下や再計算の発生につながることがあります。これにより、開発スケジュールの遅延や追加コストが生じ、企業の競争力や信頼性に影響を及ぼしかねません。
この課題に対して有効なのが、大規模言語モデル(LLM)を活用した整合性チェックです。従来、人手に依存していた煩雑な確認作業を自動化することで、工数を削減し、再計算や手戻りのリスクを防止できます。本事例では、Altair AI Studioを活用し、ローカル環境で動作するLLM(ローカルLLM)を用いたLS-DYNA入力ファイルの整合性チェックを自動実行する仕組みを構築しました。ChatGPT等の外部サービス利用に伴うセキュリティ上の懸念も、ローカルLLMにより回避可能です。
システム構築および検証作業の流れ
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解析条件書(.pdf)をベクトル化
・条件書をページ単位でembedding処理(ベクトル化)し、ベクトルデータベースを構築。 - LS-DYNA入力ファイルの読み込み
・入力ファイル(.key, .dyn 等)をベクトル変換し、条件書の関連情報を抽出。 -
ローカルLLMによる整合性チェック
・openai/gpt-oss-20b(ローカルLLM)を社内サーバーで稼働させ、入力値と条件書の数値を照合。
・単位系(ton, mm, sec, MPa)を考慮し、異なる単位系間の整合性チェックも実施。
ベクトルデータベースの構築
以下に示すのは AI Studio のモデル線図です。AI Studio では、機能を持つブロックを接続することで、容易にモデル化を行うことができます。図中①で条件書(.pdf)を読み込み、②で各ページをベクトル化し、③でそのベクトルをデータベースに保存しています。
LS-DYNA入力ファイルの整合性チェック
以下は、キーワード整合性チェックを実行するためのモデル図です。図中①で LS-DYNA の入力ファイル(.key、.dyn など)を読み込み、②で LS-DYNA のキーワードをベクトルに変換します。③では、ベクトルデータベース化された条件書から関連情報を抽出し、④でローカル LLM による整合性チェックを実行します。なお、今回の事例ではローカル LLM として openai/gpt-oss-20b を用い、社内の計算サーバーと連携させています。
以下に、今回使用した LS-DYNA の入力ファイル(図左)と条件書の抜粋(図右)を示します。LS-DYNA では ton・mm・sec・MPa の単位系が用いられていますが、条件書の単位は入力ファイルと統一されていません。また、赤枠で示した箇所(鋼板のヤング率および樹脂の密度)をあえて誤入力とし、それらを検出できるかを検証しました。

以下にローカルLLMへのプロンプト(指示文)を示します。太字の箇所はAI Studioで処理した文章に置き換わります。
あなたはLS-DYNAのキーワードと、条件書との整合性をチェックするアシスタントです。
LS-DYNAのキーワードと関連する条件書のページを提示しますので、
キーワードの入力値が厳密に一致するか注意深くチェックし、以下ルールに従い回答してください。
【ルール】
・厳密に値が一致することを確認すること。
・LS-DYNAのキーワードの単位系はton, mm, sec, MPa系で入力する必要がある。
・条件書の単位とLS-DYNAのキーワードの単位系が異なる場合は注意して変換し、整合性を確認すること
・根拠として条件書の[ページ番号] を示すこと。
・日本語で簡潔にまとめること。
LS-DYNAキーワード:
[[キーワードファイルの中身]]
条件書:
[[抽出された条件書の関連ページの中身]]
以下は ローカルLLM の回答例です。単位の違いも含めて確認が行われており、誤入力も適切に検出できています。初速度の単位変換(mm/sec → km/h)についても正しく処理されており、問題はありません。また、ベクトルデータベースから必要なページを的確に抽出できていることが確認できます。
- 鋼板SPCC - 密度: LS‑DYNA ρ = 7.85E‑9 ton/mm³ → 7850 kg/m³(page 2) ただし条件書は7850 kg/m³と一致。 - ヤング率: LS‑DYNA e = 220 000 MPa → 220 GPa 条件書は210 GPa(page 2) → 不一致。 - 降伏応力: LS‑DYNA σ_y = 270 MPa、条件書は270 MPa(page 2) → 一致。 - アルミ合金A6061 - 密度: LS‑DYNA ρ = 2.7E‑9 ton/mm³ → 2700 kg/m³(page 2) 条件書は2700 kg/m³(page 2) → 一致。 - ヤング率: LS‑DYNA e = 70 000 MPa → 70 GPa(page 2) 条件書は70 GPa(page 2) → 一致。 - 降伏応力: LS‑DYNA σ_y = 250 MPa、条件書は250 MPa(page 2) → 一致。 - 樹脂PP - 密度: LS‑DYNA ρ = 0.8E‑9 ton/mm³ → 800 kg/m³ 条件書は900 kg/m³(page 2) → 不一致。 - ヤング率: LS‑DYNA e = 1500 MPa → 1.5 GPa(page 2) 条件書は1.5 GPa(page 2) → 一致。 - 降伏応力: LS‑DYNA σ_y = 40 MPa、条件書は40 MPa(page 2) → 一致。 - 初期速度 - LS‑DYNA vx = 15277.77 mm/s → 15.27777 m/s → 55 km/h(15277.77 mm/s ÷ 1000 × 3.6) 条件書は55 km/h(page 3) → 一致。 結論 - アルミ合金A6061は全パラメータが条件書と一致。 - 鋼板SPCCはヤング率が条件書と異なる。 - 樹脂PPは密度が条件書と異なる。 - 初期速度は条件書と完全に一致。
まとめ
本事例では、Altair AI StudioとローカルLLMを組み合わせることで、入力ファイルと解析条件書の整合性を効率的に確認できることを実証しました。
- AI Studioのブロック線図によるモデル構築 → モデルの構築・編集・保守が容易
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煩雑なチェック作業を自動化 → 工数削減
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ローカルLLM活用 → セキュリティ確保
この仕組みは、CAE解析における信頼性向上と効率化を実現する有効なアプローチです。